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トヨタのマルチステージハイブリッドに関して、トヨタの論文及びYouTubeなどでのフル加速動画から、10速ステップ制御における加速曲線を作成しました。
レクサス LS500h、LC500h、トヨタ クラウンに採用されているマルチステージハイブリッドですが、面白いことに10速ステップ制御が採用されています。
そのステップ制御に関して、単純なギア比固定制御だと思っていたのですが、どうやら違ったようです。
考えてみるとかなり複雑な制御が行われているので、マルチステージハイブリッドの制御方法およびV6 3.5L マルチステージハイブリッドの加速性能について検討を行いました。
目次
マルチステージハイブリッドに関するトヨタの学術論文と参考データー
マルチステージハイブリッドを一言で表すなら、「多段変速と無段変速を組み合わせた非線形な減速比制御」ということができるでしょう。
マルチステージハイブリッドを考えるにあたり、あまりにも情報量が少ないので、ネット検索でいろいろと探してきました。
その中で、特に本記事における考察において利用したデーターを紹介します。
まず、マルチステージハイブリッドに関していろいろ調べていたところ、トヨタ自動車株式会社と、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社が共著になる形で論文を公開していました。
この論文をもとに、マルチステージハイブリッドの内容を考えていきます。
また、マルチステージハイブリッドに搭載されている4速ATについて、具体的な数値を調べていると、次の値が正確なようでした。
- 1速:3.538
- 2速:1.881
- 3速:1.000
- 4速:0.653
そして、システム全体での最大のギア比は4.701ということです。
→【レクサスLC詳細解説】ドライバーの意図を読み取るハイブリッドシステム
また、レクサスLC500hの公式の諸元表より、マルチステージハイブリッドにおける10速のギア比を一切公開していないこともわかりました。
諸元表において10速ATのギア比を公開できない理由としては、何も不正などではなく、固定ギア比ではない非常に複雑な制御を行っているからです。
この「固定ギア比ではない」と言う意味は、この記事の後半部分で詳細を説明します。
これらの事前データーをもとに、マルチステージハイブリッドの動作を徹底的に解明し、LS500h、LC500hの加速性能を評価します。
本記事を読むにあたりイメージしてほしいことは、マルチステージハイブリッドは固定ギア比の多段変速ATと、電気式無段変速機のハイブリッドトランスミッションであるという点です。
マルチステージハイブリッドの構造
まずは、トヨタ自動車株式会社と、アイシン・エィ・ダブリュ株式会社が共同で執筆した論文から、マルチステージハイブリッドの構造を確認していきましょう。
THS-Ⅱの構造
トヨタが今まで使っていたTHS-Ⅱというハイブリッドは下の図のようになっていました。
THS-Ⅱの構造では、駆動力の流れとして、
- エンジン:電気式無段変速機に直結
- モータ:2速リダクションギア→電気式無段変速機
という構造。
つまり、エンジンは電気式無段変速機によってのみトルクの増幅が行われ、モータは2速のリダクションギアと電気式無段変速機という2つのトランスミッションによってトルクの増幅が行われます。
マルチステージハイブリッドの構造
次に、マルチステージハイブリッドの構造を見ていきましょう。
マルチステージハイブリッドの構造は、次のようになっています。
マルチステージハイブリッドの特徴としては、モーターとエンジン軸の間は固定ギア比となっており、モータ単体に対する変速機能付きのリダクションギアは搭載されていません。
違いとしては、
- 2速のリダクションギアは4速に。
- 搭載位置はエンジンとモーターの出力の合計が入力される場所に移動
という形になっています。
つまり、4速ATの後にすぐ電気式無段変速機があり、この4速ATと電気式無段変速機の直列接続のユニットで、マルチステージハイブリッドトランスミッションとしています。
この構造のメリットは、今まではモータだけが2速リダクションギアのトルク増幅を受けていましたが、エンジントルクも増幅できるということ。
言い換えるなら、4速ATと電気式無段変速機の2段構えで、よりギアの範囲が広くなったということもできるでしょう。
マルチステージハイブリッドにおけるリダクションギア
ここで気になるのが、エンジンとモータの回転数の関係です。
エンジンとモータの接続点のギア比がわからなければ、モータトルクがわかったところでシステムトルクが計算できません。
このギア比について事前に調べておきましょう。
下の画像は、トヨタの論文からです。
New hybrid systemと明記されているグラフを見ると、モータトルクは最初1125Nmを少し下回るぐらいになっています。
そして、LC500hのモータの最大トルクは300Nmです。
マルチステージハイブリッドの1速は3.538であるとお伝えしました。
300×3.538を計算してみると1061.4Nmであり、下のグラフと一致します。
つまり、エンジンとモーターの回転数は同じであるということも推定できます。
なお、下の写真はレクサスのウェブカタログに掲載されていたLS500hのマルチステージハイブリッドの説明図です。
この写真から、モータはエンジンの軸上にあるように見えますね。
ある意味で日産のハイブリッドに近い構造となっているようにも見えます。
YouTubeにおけるLS500hのフル加速動画と、スペック上の矛盾点
トヨタが公開しているマルチステージハイブリッドの10速ATについてのグラフをご覧ください。
下のグラフは、1速から10速のエンジン回転数と車速の関係が示されているのですが、エンジン回転数が一定のまま加速していることになります。
これが何を意味しているのかというと、エンジン回転数が最高回転数に達した後、一時的に無段階変速をして高回転の域を維持していることになるんですね。
ではYouTubeを見てみましょう。
矛盾点が2つあります。
- ステップ制御として回転数が変化していること
- エンジン回転数の不整合
一番わかりやすいのがエンジン回転数が変動していることでしょう。
加速時にエンジン回転数が多段ATのような変動をしていますから、マルチステージハイブリッドトランスミッションでステップ制御として刻まれていることがわかります。
2つ目のエンジン回転数の不整合については、シフトアップタイミングに注目してください。
ギア比の関係上、50km/h程度で2速にシフトアップしていますが、トヨタの論文に従えば、5000rpm程度までエンジン回転数が低下するはずです。
それが、6000rpm程度までしか落ちていませんよね。
もうすこし見てみると、2速の時に、トヨタのマルチステージハイブリッドに関する論文では、2速で60km/hまで加速しています。
上記のYouTubeの動画を確認すると、確かに2速で60km/h程度まで加速しています。
ここでつじつまが合います。
しかし、同様に3速にシフトアップしたときに、エンジン回転数が5000rpmまで低下するはずが、やはり6000rpmまでしか下がっていません。
どうも、マルチステージハイブリッドは、変速直後に何か仕掛けがあるように見えます。
ここに、マルチステージハイブリッドのブラックボックスがあるのです。
マルチステージハイブリッドでは切片を持たせる制御が行われている。
動画よりエンジン回転数の変化をみると、下のグラフに赤線で書き加えて変速制御が行われていることに気づくでしょう。
これはどういう意味かと言うと、2速のギアに幅があり、無段階変速をしているということになるのです。
言い換えれば、車速とエンジン回転数のグラフにおいて、切片を持たせる制御であると言えます。
ここがマルチステージハイブリッドのポイントでもあります。
通常の固定ギア比の多段変速制御では、車速が0km/hになったときにエンジンを直結すれば、エンジン回転数が0になります。
したがって、本来であれば車速が0の時にエンジン回転数が0になるので、原点を通るグラフになります。
しかし、自動無段変速機が加わっているマルチステージハイブリッドであれば、車速が0km/hの時に、疑似的にエンジン回転数を維持できるような変速制御ができる。
車速0km/hの時にエンジン回転数があるとすれば、それはグラフ上における切片です。
これが意味することは、車が停止しているときに、エンジンと車輪を直結状態にした状態でエンジンが回転できることを意味しています。
もちろん、常識的にエンストする状況ではありますが、そこは関数的な置き換えによって近似的に実現している部分です。
この切片を持たせる制御というのはかなり特徴的な制御であり、マルチステージハイブリッドの理解を難しくする最大の要因だと思います。
その詳細を、今から説明していきます。
切片を持つ直線を機械的に実現するマルチステージハイブリッドのアルゴリズム
先ほども書いたように、切片を持った変速制御は仮想的なモノです。
実際に停止している車のギアに、グルグル回っているエンジンをつなげて、クラッチなしで直結させたときに、エンジンが停止せず、車も動かないなんてありえません。
かならずエンジンが停止する状況です。
そこで、変速制御における切片について考察をしていきます。
通常、直線と言えばまっすぐな線をイメージします。
しかし、多次元関数の線形近似であると見た場合にはどうなるでしょう?
直線は$y=ax$ですが、仮に二次関数$y=ax^2$だとしたら・・・?
二次関数は曲線です。
つまり、このマルチステージハイブリッドの切片を持った線形な変速も、本来は原点を通る二次関数の一部分であると推測することができます。
一次関数と二次関数は近似において非常に近い関係にあります。
二次関数は、$y=ax^2+bx+c$と表現できます。
そして、ある点$x$において、$x+\Delta x$と微小変化したときの$y$の変化$\Delta y$を考えます。
二次関数の式に代入すると、$y+\Delta y=a(x+\Delta x)^2+b(x+\Delta x)+c$となります。
展開すると、$y+\Delta y=ax^2+bx+c+(2ax+b)\Delta x+\Delta x^2$となります。
ここで、二次関数が$y=ax^2+bx+c$であることを考えれば、右辺と左辺で打消しができて、$\Delta y=(2ax+b)\Delta x+\Delta x^2$と簡単にできます。
さらに、$\Delta x$は非常に小さい値と仮定しており、$\Delta x^2$は小さい数を掛け合わせたさらに小さい数なので無視できます。
実際に計算してみれば、
- $\Delta x=0.1$ならば$\Delta x^2=0.01$
- $\Delta x=0.01$ならば$\Delta x^2=0.0001$
となります。
これより、二次関数の微小変化については、$\Delta y=(2ax+b)\Delta x$となることがわかりました。
例えば、$x=\alpha$近傍における微小変化は、$\Delta y=(2a\alpha+b)\Delta x$となり、$x$座標よって傾きが変化する比例の関数になります。
言葉では説明しにくいので、実際に計算していきましょう。
2速の範囲はおおよそ50km/h 6300rpmから67km/h 6700rpmまでです。
※シフトアップタイミングの正確な値は本格的な性能評価の時に計算します。
この間を直線で結ぶと、直線の数式は次のようになります。
$$R_{engine}=23.52v+5124$$
この直線の50km/h~67km/hの間に対して、原点を通る二次関数に関して最小二乗法で近似曲線を求めると、次の式で表すことができます。
$$
R_{engine}=-1.4996v^2+199.52v
$$
フル加速中の2速における変速制御は、上記の数式のように二次関数的に行われていることがわかります。
グラフで見ると明確なように、線形な制御が行われていません。
また、1速でシフトアップした後の2速の領域において、二次関数と切片を持つ直線が見事に一致していることもわかるでしょう。
こうした二次関数的な変速制御を行えるのは、電気式無段変速機のおかげといえます。
4速AT+電気式無段変速機のマルチステージハイブリッドだからできる、変速制御ということになります。
LS500hとLC500hのシステム性能曲線の導出
ここまでマルチステージハイブリッドの制御がわかったところで、本題のLS500hとLC500hの加速性能を評価していきます。
エンジンやモーター、マルチステージハイブリッドトランスミッションに関しては、LS500hとLC500hは共通です。
異なるのは最終減速比とタイヤサイズだけのなので、まずはエンジン性能曲線とモーターの性能曲線を作成します。
エンジン性能曲線
LS500hやLC500hの加速性能を可視化するために、まずはエンジン性能曲線をエクセルにプロットする必要があります。
ウェブカタログで公開されているエンジン性能曲線について、次のトルクにおける代表点を設定し、トルクを線形に結んだ後に出力の計算を行うことでグラフ化しています。
- 1200rpm:250Nm
- 2000rpm:300Nm
- 3000rpm:305Nm
- 4000rpm:305Nm
- 5000rpm:354Nm
- 5100rpm:356Nm(最大トルク)
- 6600rpm:220kW(最高出力)
- 6700rpm:210kW(レブリミット付近)
これらの代表点よりトルク曲線を線形に結んで、トルク曲線をもとに出力曲線を描いたものが次の図になります。
元のエンジン性能曲線とほぼ同じグラフとデーターを得ることができました。
モータ性能曲線
モーター性能曲線については、なにもデーターがないのでなかなかグラフ化するのは難しいです。
過去に日産 スカイラインハイブリッドの性能評価において用いたモーター性能曲線の作成の概念を用いることで、限りなく確からしい性能曲線の作成を行います。
具体的な方法としては、次のようなものです。
- 0rpmの時に最大トルクを発生させ、そのまま一定トルクです。
- 出力も線形に増加しますが、最大出力に到達した後は、その出力を一定に保ちます(この時、トルクは反比例する形で減少)・
- エンジン性能曲線と比較しながら、システム最高出力に到達する回転数を探します。
- システム最高出力に到達したら、システム最高出力を維持するように、エンジン出力における最大出力発生回転数まで維持します。
- エンジン最大出力発生回転数以降は、出力を線形に減少させます。
ただし今回は少し状況が違うので、赤字の部分のように変更しました。
- 0rpmの時に最大トルクを発生させ、そのまま一定トルクとなる。
- 出力も線形に増加しますが、最大出力に到達した後は、その出力を一定にします。
- この時、トルクは反比例する形で減少していきます。
- エンジン性能曲線と比較しながら、システム最高出力に到達する回転数を探します。
- その後はシステム性能曲線とエンジン性能曲線の差分を埋めるようにモータ出力が変化します。
上記手順によりモータ性能曲線を描くと、下の図になりました。
上記グラフにおいて違和感を感じる方がおられると思いますが、その疑問は直感的に正しいです。
具体的に指摘するとすれば、以下の2点です。
上記のモータ性能曲線はかなり歪んでいる特性になっています。
この理由としては、おそらくシステム的な制約からモータの抑制運転の結果の特性といえます。
アクセル全開時、つまりシステム全体で最高出力を発揮しようとする場合には、システム的制約条件により上記の特性になるとご理解ください。
なお、このシステム的な制約条件の推定については、以下の記事をご覧ください。
東芝の論文(図7)を参考にすれば、モータ(同期電動機)自体の特性は以下のグラフになると推定できます。
日常的な加速であれば、モータは以下のグラフになります。
モータ自身は本来以下の特性であるにもかかわらず、アクセル開度が大きくなると、出力が抑制されてしまうということになります。
システム出力曲線
最後に、エンジン性能曲線とモーター性能曲線の和が、システムの出力曲線になります。
このシステム曲線を見ると、4000rpm以降ではシステム最高出力を発揮し続けているので、4000rpm~6600rpmであればどの回転数でも加速力は同じです。
このシステム性能曲線の妥当性を考えておきましょう。
トヨタが論文で公表している新旧ハイブリッドシステムのトルク変化についてのグラフが参考になります。
New hybrid systemにおいては、最初はトルクが一定で、その後トルクが反比例に似た形で変化しています。
横軸が時間軸なので完全な比較は不可能ですが、時間軸は車速と関係があり、車速はシステム回転数と関係があるので、おおよその概形が一致することが分かります。
以上より、導いたシステム性能曲線とモータ出力抑制についての妥当性がうかがえます。
LC500hとLS500hの加速性能の可視化
ここまでの情報をまとめますと、YouTubeの加速動画で、エンジン回転数が6000rpmを下回らないことがわかりました(これが二次関数的変速制御による効果)。
そしてシステム性能曲線を見ると、6000rpm以降では一定出力での加速が可能です。
最終的に、アクセルを踏み込んだ場合、選択されているギアに関係なく一定出力が発揮され続けます。
ずっと一定の加速でどこまでもスピードが伸びるジェットコースターのような加速。
ある意味で、CVTと似た加速感にもなってくるでしょう。
この加速性能曲線の妥当性について検討しておきましょう。
出力が一定ということは、タイヤに伝わる駆動力が車速に対して反比例するということです。
下の画像はトヨタが発表しているものですが、横軸が車速で縦軸が駆動力であり、反比例の関係が見えます。
また、1st、2nd、3rd、4thと、駆動力が反比例のグラフ上で連続していることも分かります。
つまり、フル加速時において、常時システム出力が一定であることが分かります。
まとめ
ここまで、トヨタのマルチステージハイブリッドを題材に、LS500hとLS500hの加速性能を評価してきました。
トヨタの論文およびYouTube上の加速動画をもとにマルチステージハイブリッドの構造や制御方法について検討を行いました。
マルチステージハイブリッドで一番面白いと思ったのは、電気式無段変速機を利用した二次関数な制御の部分です。
これって他社にとっても盲点な部分だったのではないでしょうか?
複雑なマルチステージハイブリッドにはまだまだ考察できる部分がたくさんあるので、思いついたことは記事で紹介しようと思います。
以上、マルチステージハイブリッド、およびレクサスLC500h、LS500h、トヨタ クラウン 3.5L ハイブリッドの加速性能について、参考になれば幸いです。