以前、新型スープラが登場した際に、重心の低さのみに観点を絞って、スープラと86で比較を行いました。
トヨタ公式発表では、スープラの方が重心が低いらしいです。
しかし、詳細な比較の結果、実際には86の方が重心が低くなる可能性があることに気づきました。
数字のマジックにより、86を踏み台にし、上位モデルであるスープラの方があらゆる面で優れるというトヨタの販売戦略について、すこし疑問を持ってみましょう。
目次
新型スープラは86/BRZよりも重心が低いらしい
トヨタの公式ページを見ていると、新型スープラは水平対向エンジンを搭載している86/BRZよりも重心が低いという一文を見ました。
※これは新型スープラ発表時のウェブカタログであり、現在のウェブカタログとは異なります。
トヨタ公式発表では、新型スープラは、水平対向エンジンを86よりも重心が低いらしいです。
以前の予想記事の内容
以前に書いた記事はこちらの記事になります。
→新型スープラと86/BRZの重心の低さと性能比較と評価。本当にスープラは86/BRZより性能がいいのか?
以前の記事の内容について要約を行うと、そもそも同じクーペボディでありながら、水平対向エンジンを搭載する86が、直列エンジンを搭載するスープラよりも重心が低いことはあり得ないと思い、その考えについて記事にしたものです。
その時の内容が、
1.公式が言うのだからスープラの方が重心が低いのだろう
2.しかしエンジン単体では水平対向エンジンの方が重心が低い
3.それならボディ寸法が公平ではないのでは?
という予想を行いました。
そもそもなのですが、水平対向エンジンを搭載していると重心が低いというフレーズだけが一人歩きしているようにも見えます。
水平対向エンジンはクルマの重心を構成するうえでの一つのパーツにすぎず、トータルで見てどうなのかを考える必要があります。
この「水平対向エンジンは重心が低いという先入観」に対して、「水平対向エンジンを搭載して重心が低い86」と比較した結果、「新型スープラは86よりもさらに重心が低い」と表現することで、新型スープラが非常に重心が低いように見えます。
一番探りたいのは、この表現の「落とし穴」です。
後述しますが、新型スープラの発表時には、スープラの最低地上高が公表されていませんでした。
この時点で相当怪しいです。
スバルの水平対向エンジン+シンメトリカルAWDが高性能な理由について解説しました。
水平対向エンジンが低い位置に搭載されているから重心が下がるのであって、車本体の最低地上高が高い(=路面から高い位置)に搭載されている水平対向エンジンでは、比較する上で不公平が生じます。
そもそも新型スープラの最低地上高は非公開だった
新型スープラは86よりも重心が低いと書いているのを見て、まずは新型スープラと86の最低地上高の比較を行おうと思いました。
車のボディはモノコックフレームによりできていて、床の部分には当然ボディを構成する骨格があります。
そして、最低地上高が異なれば、ボディそのものの重心が低くなるので、公平な比較ができていないことになります。
っと思ったら、新型スープラは最低地上高が非公開でした。
これは意味深ですよね。
そこで、車の全高を比較してみると、86の全高が1,320mm、スープラの全高が1,295mmと、スープラの方が低かったです。
つまり、天井板の位置がスープラの方が低いので、ボディ形状そのものではスープラの方が重心が低いだろうと推定しました。
※前回の記事では、スープラが1,295mm、86が1320mmと紹介しました。
スープラの正式発表後に再度詳細を確認したところ、86の1,320mmはアンテナを含む高さであり、ルーフ高は1285mm、逆にスープラの全高1,295mmはアンテナを含まない高さとのことでした。
(そもそもスープラにアンテナがない。)
また、スープラの正式な発表後は、全高が1,295mmから1,290mmに修正されている点についても追記します。
この記事ではこれらの数値を用いて再度検討を行いました。
しかし、これによって再度検討を行えば、余計に86の方が低重心であることに説明がつくようになります。
そんな感じで重心高は86の方が低いと推測したのが以前の記事です。
→新型スープラと86/BRZの重心の低さと性能比較と評価。本当にスープラは86/BRZより性能がいいのか?
エンジン単体では重心が低い水平対向エンジン
本題に入る前に、水平対向エンジンの重心について簡単に説明しておきます。
まず、水平対向エンジンは、エンジン単体では重心が低いですが、魔法のように低いわけではありません。
同じボディであれば重心が低くなるという意味です。
したがって、ボディサイズが異なれば、当然ながら比較はできません。
分かりやすく例を挙げれば、86に直列エンジンと水平対向エンジンを搭載した場合では、水平対向エンジンを搭載した方が重心が低くなるということになります。
極端な例では水平対向エンジンを搭載したSUVのフォレスターの重心が、普通の乗用車よりも重心が低いということも当然ないことになります。
これをもとに、スープラと86のボディサイズを比較してみましょう。
新型スープラと86のボディサイズの比較
トヨタ公式サイトの諸元表より、スープラと86のボディサイズを調べました。
スープラ
全長:4,380mm
全幅:1,865mm
全高:1,290mm(1,295mm)
最低地上高:112mm(118mm)
()内は直4 2.0Lターボモデルの数値です。
86
全長:4,240mm
全幅:1,775mm
全高:1,285mm(1,320mm)
()内はアンテナを含む高さ
最低地上高:130mm
ルーフ高のみで比較した高さは86の方が低いです。
でも、肝心の最低地上高に関しては、スープラの方が低いんですよ。
これの意味、もうお分かりですよね?
スープラと86の重心高の差を比較
86とスープラのボディ形状の比較を行うと、イメージ的には下のような図になるでしょう。
スープラの方が86より最低地上高が18mm低く、全高は5mm高いです。
さて、ここにエンジンを搭載してみましょう。
下の図はエンジンのイメージ図です。
最低地上高が高い86は、自然にエンジンの搭載位置が高くなるので、スープラと比較した際に一概に水平対向エンジンを搭載しているからと言って低重心を謳えるものではなくなっています。
さらに、最低地上高が低いということは、ボディそのものの位置が低いということになります。
ご存知の通り、ボディはシャーシやフレームで構成されており、今となってはすべてが一体化されたモノコックフレームになっています。
車を構成するフレームは主に3つに分類され、
・エンジンや足回りを取り付けるフレーム
・ボディの形成や衝突時の強度を保つためのフレーム
・衝撃吸収用のフレーム
です。
ボディを構成するうえでシャーシは衝突安全性や、エンジンからの動力、ブレーキの制動力を受け止める役割があるので、かなり丈夫に作られています。
そんな重量物のフレームが、スープラは86より下に位置しています(下図)。
ここまでの説明を読んでいただければ、トヨタが言う、「重心高にも徹底的にこだわり、水平対向エンジンを搭載した86/BRZよりもさらに低い重心高を実現しました。」というのが、
- スープラの最低地上高を意図的に下げ、単純に最低地上高の違いだけで86より低重心に見せかけた。
- あるいは、スープラの前座とするために、低重心を売りにしている86の最低地上高をあえて高めに設定した。
- いずれにせよ、結果として、単純に最低地上高が低いだけのスープラが、86よりも低重心であるという事実によって、過剰なまでの低重心な印象を与えた。
という、3つのことがわかります。
これでは、「同じボディであれば水平対向エンジンを搭載したほうが重心が低い」という部分において、「同じボディ」という前提条件が大幅に狂っているので、公平な重心の比較ができていません。
極論を言えば、車高短は低重心だと言っているのと同じになります。
本来はスープラより86の方が低重心だ!
では、最低地上高をそろえた場合には、スープラと86ならどちらの重心が低くなるでしょうか?
そのイメージ図が下になります。
86の最低地上高をスープラと同じ112mmにそろえた場合、86の方が全高は23mm低くなります。
これで、ルーフの高さは86の方が低くなるので、ボディ形状における重心の低さは86に軍配が上がります。
もっとも、これはボディ自体が平たく設計されている86の方が低くなるのは当然の結果です。
そして、ここにエンジンを搭載します。
スープラには直列エンジン、86には水平対向エンジンを搭載します。
先ほど説明した、「水平対向エンジン搭載時には、ボディ形状が同じ場合、直列エンジンやV型エンジンを搭載した場合よりも低くなる」ということから、86の方が重心が低いです。
まとめると、
・ボディ形状によるルーフの低さ
・水平対向エンジンと直列エンジンの重心の差
この2点から、完全に86の方が重心が低くなります。
もし、重心の低い車が欲しいのであれば、スープラではありません。
86の車高を18mm下げ最低地上高をスープラと同じ112mmにすれば、86の方がずっと重心は低くなります。
あくまで純正状態の重心の低さにこだわるのであれば、トヨタが言うようにスープラの方が重心が低いのでしょう。
しかし、86よりも重心が低いと言っている基準が、あまりにもズレている点については、知っておいた方が後悔も少ないでしょう。
水平対向エンジン搭載の86はスープラの踏み台にされただけ
結局のところ、86はスープラ登場前の踏み台にされた車です。
正直なところ、スープラは日産 フェアレディZあたりと動力性能が似ていますので、86よりもノーマルでの加速性能はレベルが違います。
しかし、重心高だけに絞ってみれば、スープラやフェアレディZよりも86の方が低く、重心の低さから来る素直なハンドリングは86が数段上になります。
動力性能を重視するのか、ハンドリングを重視するのかで車の設計やキャラクターが異なるのは当然のことです。
しかし、自社のモデルを踏み台にして、上位モデルとなるスープラを高性能車として過剰な認識を与えるのはどうでしょうか?
スープラが86をすべての面において超えることをアピールするのであれば、直列エンジンではなく、水平対向エンジン、あるいはロータリーエンジンを搭載するべきです。
スープラと86の比較における走行性能の差
ここは、念のための追記となる部分です。
もしかしたら実際に試乗をして乗り比べると、スープラの方が安定感があって重心が低く感じた方もいるかもしれません。
しかし、それは重心の低さではなく、車幅から来る安定感であると説明できます。
一番直感的に分かりやすいのが、電車でいえば線路の幅です。
線路の幅が狭い電車より、線路の幅が広い電車の方が安定感がありますよね。
車でいえばトレッドになるのですが、スープラと86のトレッドを比較してみましょう。
スープラ
フロントトレッド:1595mm
リヤトレッド:1590mm
86
フロントトレッド:1520mm
リヤトレッド:1540mm
フロントに関してはスープラの方が75mm広く、リヤは50mm広いです。
このトレッドの差が、重心の高低差を超えて、安定感として感じているだけです。
まとめ
ここまで、新型スープラと86/BRZについて、重心の低さに焦点を絞って性能評価を行いました。
実際に最低地上高をスープラと86で揃えれば、86の方が重心高は低いでしょう。
なお、再度書きますが、スープラ自体を批判しているわけではありません。
トヨタの発表とは異なり、最低地上高をそろえた時のスープラと86との比較の結果では、重心高については86の方が低いのではないかということを主張しているだけです。
動力性能で優れるのはスープラであり、低重心から来るハンドリングで優れるのは86であることを主張したいだけである点については、十分にご理解ください。